今回はちょっと趣向を変えて、漫画の制作についての話題です。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、漫画の制作過程は大きく以下のように分けることができます。
①ストーリー制作
②ネーム制作
③作画
④写植
⑤印刷製本
このような工程を経て、みなさんがふだん目にする「漫画」の形になっていきます。このなかで①から③までは基本的に漫画家さんの分担、④以降が出版社や印刷会社の役割となります。といっても最近ではパソコンをどれだけ使うのか、商業出版か同人誌なのか、はたまた電子書籍なのか、さまざまな条件で異なるため絶対ではありませんが、紙媒体の漫画ではだいたいこのような流れと思って間違いありません。
ところで、ストーリー制作やネーム制作はなんとなく想像がつくでしょうが、「写植」はご存知でしょうか。出版や印刷の業界ではごく基本的なことですが、一般の人にはあまり馴染みのない言葉かもしれません。今回は、漫画における「写植」について、簡単に紹介してみようと思います。
「写植」とは「写真植字」の略字です。簡単に説明すると、写真の原理を用いて文字を印画紙などに印字すること、印字したものをいいます。
その手軽さと高品質のおかげで、それまでは活版印刷の独擅場だった書籍の組版も写植がとってかわり、その後、DTPが普及し始める1990年代はじめまでは写植が文字印刷の主流でした。
漫画の原稿でも写植は非常に重宝されました。漫画には文字入れという作業があります。ネームの段階で書いてあるフキダシのセリフやナレーション等々はすべて手書きですから、それらの文字をいったん写植にして、それを編集者が貼り込んでいくのです。
そのようなな歴史があるため、一部の会社や漫画編集者の間では、文字入れの作業自体も「写植」と呼ぶようになったのです。
さて、写植作業では大事なことがふたつあります。
ひとつは、フキダシの大きさとそれに対応するセリフの文字量を見て、文字の大きさや行間、字間を決めること。
もうひとつは、ネームと呼ばれる下描きから、登場人物の動きや感情を読み取って、適切なフォントを選ぶことです。
漫画のフォントを選ぶといっても、すべてのコマに違うフォントを入れるわけではありません。基本にする書体がないと、別のフォントを使ったときの違いがよくわかりませんし、なにより読みにくくなってしまいます。
そこで普通は制作会社や出版社によって、ベースとなるフォントがある程度決められており、あとはシーンや状況に応じて使い分けることになります。
ひらがなやカタカナを「アンチックAN M」など、漢字を「太ゴB101」などのフォントで組み合わせたフォントです。漫画の基本書体ともいえるフォントで、どんなフキダシに使ってもそれほど違和感がありません。当社ではフォントワークスの「アンチックセザンヌ」を使用しています。
強調したいときや、大きな声を表したいときに使うフォントです。アルファベットのBは太さのことで、より強い表現をしたいときは「新ゴU」や「新ゴH」を使うこともあります。
心の声や、ナレーションなど、四角いフキダシのときに使用することが多いフォントです。「新丸ゴM」「新丸ゴR」などで代用することも。いずれも気持ち線が細いフォントを使うことがポイントです。
楽しげなセリフや、かわいさを出したいときはロダンハッピーです。BやEBくらいの太さを使うことが多いですが、キャラによってはMも使うことも。新丸ゴHもポップな雰囲気がでるフォントなので、組み合わせたり、キャラによって変えたりすることもあります。
おどろおどろしいフォントです。幽霊や妖怪など、この世の者ではないキャラクターや、呪文の詠唱などに使われることがよくあります。
それでは、実際に漫画のひとコマを使って、フォントがどのような影響を与えるか見てみましょう。
※なお、以下の漫画画像には、佐藤秀峰氏の『ブラックジャックによろしく』のフリー素材をお借りいたしました。
© タイトル:ブラックジャックによろしく 著作者名: 佐藤秀峰
URL: https://densho810.com/free/
実際のコマでは、アンチGが使用されていました。
当社がよく使うアンチックセザンヌだと、「!!」がゴシック体で流しこまれていますが、ほかは原作の雰囲気そのままです。
では、このコマを使って、あり得そうなフォントを考えてみましょう。
まずはオーソドックスに、叫び声のフキダシですので、新ゴの太めのフォントを入れてみます。
より大きな声を出している印象を受けませんか?
次に、セリフからはキャラクターがネガティブになっていることが読み取れます。それを受けて「古印体」をいれてみましょう。
かなりメンタルがやられてそうな印象になったのではないでしょうか。
ちょっと違いが見えやすいように、「マティス」や「ロダンハッピー」を入れたパターンを出してみます。「マティス」は上のよく使われるフォントでは説明しませんでしたが、「エヴァンゲリオン」のタイトルなどで使用された、有名な書体です。
いかがでしたでしょうか。フォントひとつ変えただけで、キャラクターの心情が想像できたり、あるいはシーンの印象が変わったことを実感できたのではないでしょうか。
実際の写植作業ではフォントだけでなく、場合によってはセリフ一文字一文字の大きさを変えたりすることもあります。作家さんが描いた漫画をより魅力的に見せられるよう、また読者が読んでいて違和感なく作品の世界に入れるお手伝いとして、あまり目立ちませんが、大事な作業となっているのです。
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