ゲーム取扱説明書の歴史 第3回〜次世代機の時代の取説〜

紙のお仕事,業界裏話
2018.02.21

 シリーズでお送りしている「ゲーム取扱説明書の歴史」。今回は「第1回 黎明期の取説」「第2回 ハード戦国時代の取説」に続き、次世代機と呼ばれたゲーム機が登場した頃の取説です。

次世代機の登場

 前回は1990年の任天堂「スーパーファミコン」登場までをお話ししましたが、その成功に他の会社もさまざまな新ハードを投入していきます。
 ざっと挙げるだけでもパイオニアの「レーザーアクティブ」(1993)、松下電器の「3DO REAL」(1994)、バンダイの「プレイディア」(1994)「ピピンアットマーク」、アタリの「Jaguar」(1994)、NEC HEの「PC-FX」(1994)、任天堂の「バーチャルボーイ」(1995)、「NINTENDO 64」(1996)、セガ・エンタープライゼスの「セガサターン」(1994)、「ドリームキャスト」(1998)……これでもほんの一部です。
 そんな激動の時代、ソフトの形態もこれまでのロムカセットからCD-ロムが主流になり、次世代機と呼ばれるゲーム機が主役に躍り出ます。もちろん老舗の任天堂やセガ・エンタープライゼスも健闘しましたが、堂々トップを走ることになったのがゲーム業界では後発組のSCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)でした。
 1994年に登場した「プレイステーション」、そして2000年に発表された後継機「プレイステーション 2」は、人気タイトルの取り込みをはじめ、サードパーティーの参入のしやすさ、高水準のスペック、印象的なCM展開など、成功の理由はいろいろと挙げられましたが、何といっても大きかったのは、これまでのゲーム機が成しえなかった上位互換を可能にしたところではないでしょうか。

取説はDTPでの制作が当たり前に

 ゲーム業界の流れを変えたプレイステーションですが、取説の分野についてもいくつか大きな影響を与えています。そのひとつが前回でも少しお伝えしたとおり、DTP(デスクトップパブリッシング)を本格的に導入したことです。
 それまでもコンピュータで編集やデザイン作業を行うところはありましたが、あくまで原稿や写真、レイアウトといった制作物は別々に作り、いわゆる版下という形で入稿し、最終的にまとめるのは印刷会社の仕事でした。SCEはそんなアナログの時代と完全に決別し、すべての材料を完全にデータ化して入稿する完全DTPを打ち出しました。

 DTPを用いるメリットは、作業効率の向上やコスト削減など、さまざまですが、何より凝ったデザインや修正作業など、複雑な作業にも容易に対応できることです。あくまで作るのは人間ですが、この制作ツールの飛躍的向上によって取説の品質も一気に向上していきました。

 ただ、DTP初期の頃はまだ課題も多くありました。コンピュータで作業を行うわけですから、データが破損する等の電子的なトラブルがもっとも大きな問題です。そもそもDTPのためのソフトがまだ現在のものほど安定しておらず、何かの作業のひょうしにフリーズする、データが破損するということは日常茶飯事でした。
 また、DTP用のアプリケーションソフトが非常に高価で、当時で約二十万円ほどしたうえにバージョンアップでもほぼ同等の費用がかかり、しかもDTPソフト以外に関連するグラフィック用のソフト、それらを快適に操作するための高性能なパソコンが必要となります。
 初期費用は仕方ないとしても、それを維持する(バージョンアップ)たびに何百万円も必要でしたから、DTPに完全対応するのはなかなか会社としても大変だったのです。
 ちなみにソフトの不正コピー問題が大きく取りあげられるようになってきたのもこの頃でした。当時は不正コピーに対する意識も低いうえ、このようにソフトが全般に高価だったという時代背景もあったのでしょう。

 なお、SCEはDTP化に積極的でしたが、ゲーム機を出している会社すべてが前向きというわけではなく、従来どおり取説は版下入稿で、という会社もまだありました。1990年代はゲームハードによって編集作業が異なるという、いま思うと取説制作者にとってはなかなか複雑で大変な時代だったということができます。

取説のリッチ化ふたたび

 前回、PCエンジンのお話しで、ケースの構造上、厚い取説を作ることが難しくなったという説明をしましたが、プレイステーションやセガサターンでも同様の問題が起こるようになりました。
 ソフト自体の容量はどんどん増え、説明することも増えていくのに、ページ数はむしろ抑えめに。このジレンマが制作者泣かせでした。

 ところが2000年、プレイステーション2がリリースされたことでふたたび取説にリッチ化の波が訪れます。それまでより大型のDVDケースをパッケージに採用したプレイステーション2では、取説のサイズ自体も大型化したうえ、プレイステーションより厚い72ページまでの冊子を挟み込むことが可能になりました。
 しかも新ハードになってゲームはさらに複雑化し、説明すべきこともボリュームアップ。結果として取説はまたもや重厚路線を歩みはじめました。

 取説は攻略本ではありませんから、無理にいろいろな内容を詰め込む必要はありません。極論すれば、そのゲームを初めて遊ぶユーザーがすっとゲームに入っていけるような、必要最低限の操作や情報が盛り込まれていれば十分なはずです。しかし、その必要最低限のことが膨大になっていきます。
 ジャンルとしては、さまざまな要素を説明しなければならないRPG(ロールプレイングゲーム)やSLG(シミュレーションゲーム)が顕著でしたが、多彩なモードとひととおりの操作を網羅する必要があるスポーツゲームなども相当なボリュームでした。
 当社で制作したなかでは、某スポーツゲームの取説が80ページを超えてしまい、そのままではパッケージのケースに収まりきらないため、ケース外側に同梱したこともありました。

 そんな重厚路線の取説ですが、21世紀に入って、取説史上でも最大の変革期を迎えることになりますが、それはまた次回で。

■記事一覧:ゲーム取扱説明書の歴史
「ゲーム取扱説明書の歴史 第1回〜黎明期の取説〜」
「ゲーム取扱説明書の歴史 第2回〜ハード戦国時代の取説〜」
「ゲーム取扱説明書の歴史 第3回〜次世代機の時代の取説〜」
「ゲーム取扱説明書の歴史 第4回〜電子取説の時代〜」

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